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本人が忘れているつもりでも、本当の想いは叶う!?

頭の中にたくさん湧いてくるアイデア
「出したりなんかできない」と思い込んでた。
「そもそも出す場所がない」
 
そんな今さら この年で!? 
 
芸大や演劇学校でちゃんと勉強してきたわけでもないのに
演劇おたくなわけでもないし
見逃し続けてしまった、自分の中のいたいけな想い、情熱のようなもの
半世紀も「まさかそれはない」「別世界のこと」と思いこんできて
押し込めたことすら忘れて
 
何十年も、夢の代替えをがんばって
15年ちかく妻や母をがんばって
こんなに恵まれているのに
何もかも手にいれたのに、どうしてまだ「何か」を探してしまうのか
そんなことを想う自分を責めもして
あきらめの悪い自分を情けなくも思い
 
でも、
「どこか遠いようで それは近い(場所から聞こえてくる)声」
(サコさんの曲の歌詞)に
 
少しずつ耳を傾けて
少しずつ叶えて、そのためには時には戦って、大事にして、
とことん愛して、、、
 
そうしたらね
もう愛の巨乳になっちゃって、穏やかで幸せ
もう別に特に何もしなくてもいいや になった
 
なんだけど
 
欠けてるから埋めるために何かをするんじゃなくて
もう自分ですっかり満たしてしまったんだけど
楽しいから
面白いから
わたしをもっと幸せにすることだから
その「声」がすっごく喜ぶのがわかるから
もうただ、そのためだけに
 
少しずつ
その、すでに満たされている場所からこその
少しずつを、、、やっていったのさ あきらめずに
 
私にもやらせてほしいな
私ならこんなふうにやれると思うよ、
やったことはないけど、きっといけると思う
私もやりたかったのに、先にやられて悔しいなあ、もぉ
 
そんなことも、素直に言えるようになって、、、
1年、2年、、、
少しずつ、少しずつ 
 
「やってみる?」「一緒にやろうよ」が増えて、、、。
 
むかしむかし、宝塚に憧れて
毎晩、庭にいる犬に餌をあげた後
細長いポーチ部分を、花道に見立てて、犬のチロを観客に見立てて
月のあかりの下で
たった一人の、見よう見まねのお芝居やステップ
 
あれから40年!いや45年?
 
満月の夜に
宝塚の舞台じゃなくて
それはニューヨークのコミュニティーセンターの小さな劇場の舞台だったけど
 
プロの方がシーンのトーンにあわせて創ってくださった
まるで月あかりのようなニュアンスのライトが作り出す世界の中で
自分が創ったストーリー、主人公を
いや、それはまさに自分の姿で
演技というより、再現だったんだろうけれど
 
もともとあったアイデアと
サコさんの曲と
今回のチャクラショー「在」の第三チャクラにあうように
仕立てを調整して、それでもなんとか
頭の中の「絵」をまたひとつ
形にして出して見ていただくことができた
 
観客のみなさまに向かって直接語る、、のではなく
芝居のような仕立てで
生のサコさんのピアノと歌にあわせて、半分即興で、互いを感じながら
しかも英語で
しかも、途中で衣装をぱっと変えたくて
衣装も自分でつくって
瞬間変装の工夫も全部考えて、毎回失敗しないかドキドキで
でも、今の自分の精一杯 は出せた
 
一時は毎度の直前の弱気瞬間もあったけど
その時も、面白いことに
自分が書いたセリフに自分が勇気付けられて
まさに、この第三チャクラで表現したかったメッセージを
この私が今生きさせてもらってるんだな って感じた
 
二日目の昨日、
自分の出番が済んで、舞台の袖
第五5チャクラ 自己表現のチャクラ 
 
ATOWAのおふたりの即興の演奏と歌が聞こえてきた
「ありがとう、ありがとう、いつも見守ってくれてありがとう
 、、、みんなで夢を みんなで夢を一緒に叶えていく、、、」
一人ではできない
みんながいてくれるから
 
月明かりの一人芝居から45年!?
外側の本人が忘れてても
まさか としつこく思い込んでても
 
奥の奥にある「想い」って
いつくになっても、叶えられるんだ 
 
涙が溢れて困った
ありがとう ありがとう
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