海からの贈り物
Gift from the SEA
もうきっかけは忘れてしまったけれど
女子大生時代に出会ってなぜかすごくひかれた
この本「海からの贈り物」(日本語訳版)を、
NYへ来る時スーツケースにもつめてきた。
それから26年、数回の引越しにも、断捨離にも負けず、今もそばにある。
何度も読んでいるわけではないけれど。
そういえばどうして今まで、
原作のまま英語で読もうと思わなかったのかが不思議
それがたまたま昨日、フロリダ、サラソタのリドビーチのちょっとおしゃれなビーチ用品店で
ウインドーショッピング中に偶然目に飛び込んできた!
この出版50周年記念本からですら、すでに10年以上も経っている。
初版は1955年!
作家名はアン、モア、リンドバーグ
日本語訳ではリンドバーグ夫人と書かれていたのだけれど。
アメリカの女性として初のグライダーライセンスを取得した飛行家。文筆家。5人の子供達の母。夫は、世界初単独での大西洋無着陸横断飛行を達成したことで著名なチャールズリンドバーグ氏。
女性もキャリアを選んでよいのだという「選択」の時代到来。それを受け入れる仕組みも本当の意味での人々の理解も全く整わないまま。当時のアメリカの女性達も古い価値観と新しい選択の中で迷っていた時代だったんだと思う。加えて電化製品や物たちがどんどん生活に流れ込む。日々の生活を便利にするはずがなぜかかえって複雑になる。便利になったぶん、コミュニティーのつながりはどんどん大きく広くなりやることはさらに増えていった、、とある。(60年前にも同じこと言ってる!FBなんか知ったらどう思っただろうか。)
そんな中、彼女は2週間だけ家族から離れて、一人キャプティバという町の海辺で、多くの人が直面しなくてはいけない問題や疑問について、一人静かに想いをめぐらせる時間をすごす。
あえて何も期待せず、焦らず、でもおおいなる力を信じて辛抱づよく待つ。(答えを果敢に掘りに行くのではなく、そっと無の心で待つ)やがて静かな波が美しい貝殻をそっとうちあげるように、まとまっていく想いを、「海からの贈り物」として、形の違う貝殻たちにたくしてつづっている。
英語版、まだ数ページしか読めてないけれど、、、
訳文でも大好きだったけど、英語での文章は、
あたたかな潮風を感じるような美しさがある(ように感じる)
すごく新鮮。というか60年前から結局何も変わってないのか、、、
序章だけでもなんだか、とても「今、ここ」な話であり
断捨離的な話であり、禅的でもあり、なんだか今読んで違和感がない。
20才の女子大生だったわたしは、この本のどこに一番ひかれたんだろう。
基地好きなわたしは、彼女が住んだ、あえてカーテンもつけない、窓も開けっぱなしという簡素な海辺家の暮らしに憧れたのかな。
家庭があって、愛していても、小さなスーツケースに入るだけの簡単な服と、紙と鉛筆だけもってのふらり一人旅、にひかれたのか。
どんなに好きなひとたちがいても、「自分」でいたい想いが強かったのかな。
大卒でも女子は腰掛けで24までに結婚でOK、みんなそう。という時代から、「いやいやもっと目指していいのよ」という時代がわたしたちだった。でも雇用機会均等法はまだ3年後。そして法が変わっても人々の認識が変わるのには時間がかかるわけだけれど。
時代と国は違っても、ちょうどこの本がでたアメリカの1955年と、卒業後の進路を考えなくてはいけない自分とが、、ちょっと重なってたかな。
NYにもどったら、あの頃のわたしが一体どこに線をひっぱっていたのか見てみたいし
今のわたしが英語で読んでみたら、何を感じるのかなとも思う
このキャプティバという町は、フロリダにあり、わたしがこの冬休みに過ごしたビーチから
車で2時間くらいらしい。数年前にたずねたこともある。
60年ほども時代は違ってもおそらくそこで波打つ海はそのままで
空気や潮風の感じ、砂の感触、日差し
lazy waveと彼女が表現した
やさしい小さな波の様子もほぼ同じにちがいない
スーツケースひとつに入る荷物だけ持ってやってきたNY
フロリダ出身の夫と家庭を持ち
この冬休みに訪れた海の町で
「海からの贈り物」の英語版に偶然出会う不思議
これもまたわたしにとっては、Gift from the SEA だった
という ながい お話でした